安倍政権の“攻めの農業”を潰したのは誰か?──減反政策の廃止と農水族の抵抗

日本の農業政策は長年にわたり、減反政策や農業協同組合を中心とした「守りの農政」によって支えられてきました。しかし、安倍政権期にはその流れを大きく転換し、国際競争力を高める「攻めの農業」への転換が試みられました。本記事では、安倍政権が進めた減反政策の廃止を軸に、農業改革の全体像と、それを阻んだ既得権益の構造に焦点を当てながら、日本農業が直面した課題と展望を探ります。

自民党の農業政策は失敗したのか?

日本の農政を語る際に、「自民党の農業政策が失敗した」とする見方が根強くあります。しかし、この見方は一面的であり、実際には安倍晋三政権下で農業政策の大転換が行われました。そしてその改革を妨げたのは、自民党政権そのものではなく、党内の農水族やJA(農業協同組合)だったのかもしれません。

安倍政権は、長年続いてきた減反政策を終了し、農業の国際競争力を高めるために「攻めの農業」への転換を図りました。しかし、現実にはそのビジョンの多くが地域の既得権益構造に取り込まれ、歪められてしまいました。

安倍政権による減反政策の廃止とその背景

1970年に始まった減反政策は、米の過剰生産による価格下落を防ぐために導入されたもので、国が農家に生産量の制限や転作を促し、その見返りとして補助金を支給する仕組みでした。しかし、農家人口の減少や食生活の多様化、そしてTPP(環太平洋パートナーシップ協定)をはじめとした自由貿易体制の進展によって、この制度は時代遅れになっていきました。

安倍首相は2013年に減反政策の廃止を表明し、2014年には「農林水産業・地域の活力創造プラン」を策定しました。2018年をもって政府による生産数量目標の配分を終了する方針を打ち出し、農業を「保護」から「市場志向」へと転換することを目指したのです。

市場原理に基づく農業への移行

実際には2014年から、民主党政権下で導入された戸別所得補償制度(減反に応じた補助金)が段階的に縮小され、2018年に全廃されました。同時に、飼料用米や米粉用米への転作を促す補助金が強化され、農家の経営安定を図りながら市場原理に基づく生産体制への移行が進められました。

この政策の背景には、市場需要に応じた自由な生産判断を尊重し、農家がブランド米や有機栽培米などの高付加価値な作物を自由に生産し、国内外の市場に展開することが含まれていました。

改革を阻んだ既得権益と抵抗勢力

しかし、安倍内閣の農業改革には、強力な抵抗勢力が立ちはだかりました。それが、自民党内の農水族議員や全国農業協同組合中央会(JA全中)を中心としたJAグループです。JAは、減反政策の廃止によって米価が下落し、農家の収入が減少することや、自らの販売手数料収入が減ることを懸念し、強く反発しました。

結果として、減反政策は形式上は廃止されたものの、その実態は大きく変わりませんでした。JAや地域の農業再生協議会が示す「作付参考値」や「適正生産量」は、農家にとって実質的な指示として機能していたのです。

農家を囲い込むJAの影響力

飼料用米への転作に対する補助金の申請窓口もJAが担っており、情報提供や資材供給、販売ルートの確保など、農業経営に不可欠なインフラを握るJAの影響力は非常に強力です。農家は形式上は「自主的」に判断しているように見えても、実際にはJAの方針に従わざるを得ない状況に置かれています。

たとえば、2024年の農水省資料によれば、飼料用米の作付面積は約12万ヘクタールにまで拡大しています。これは、各地域のJAが補助金制度を活用して農家に転作を推奨した結果です。「お願い」という形式で主食用米の生産を控えるよう求める通知が送られ、JAに従わなければ補助金が得られない、あるいは販売面で不利な立場に置かれる可能性があります。

情報と資源の集中がもたらす構造的支配

JAの影響力は生産方針の調整だけにとどまりません。市場情報や価格動向、需要予測、補助金制度の情報提供など、農業経営に不可欠な知見を提供し、地域全体の生産バランスを調整する役割を担っています。農家がこれらの情報を独自に収集・分析するのは難しく、JAの助言に従うことが現実的な経営判断となっているのです。

2025年には、JA茨城で専務が理事会を通さずに米価を決定したことに対して理事の大半が辞任するという騒動が発生しました。この出来事は、JA内の意思決定が農家の意向を十分に反映していないことへの反発を象徴しています。

また、JA熊本ではAI選別機の導入により、農家が事前に選別作業を行うなど、技術面からもJAが農家の生産活動に強い影響を及ぼしている実態が明らかになっています。

安倍政権の掲げたビジョンと現実の乖離

安倍政権が目指したのは、市場競争に基づいた自由な農業と、国際的な展開でした。農地の集約化や大規模化、化学肥料の削減、有機農業の推進など、持続可能な農業を志向する政策も次々に打ち出されました。

しかし、現実には、農水族、JAの影響力や補助金制度の温存により、農家の自由な経営判断は依然として制約を受けています。農家の高齢化も深刻であり、2018年時点で65歳以上の農家は全体の61%を占めていました。新しい販路や高付加価値作物の開拓といった挑戦は、一部の大規模経営体やブランド産地に限られているのが現状です。

江藤拓氏と農水族の影響

失言により辞任した前農政大臣、江藤拓氏は、2018年の減反政策終了の直接的な決定者ではありませんでしたが、安倍政権下で農林水産副大臣(2012〜2013年)、総理補佐官(2018〜2019年)、農林水産大臣(2019〜2020年)を歴任し、政策の準備段階や廃止後の農政に深く関与しました。

江藤氏はJAの意向を重視し、飼料用米や転作を推奨する補助金制度を活用することで、実質的な生産調整の継続を容認しました。JAの海外展開に対する消極的な姿勢を改革するよりも、国内の米価安定や農家支援を優先する方向性が明確でした。

農水族と「守りの農業」

「自民党の農業政策が失敗だった」とする批判は、正確には「自民党内の農水族が改革を阻んだ」と言い換えるべきです。安倍政権は農業の再活性化に向けて構造改革を進め、減反政策の廃止をはじめとした大きな転換を実現しました。

しかし、減反政策の廃止後も、JAによる地域単位の生産調整や補助金による誘導、そして農家の経済的依存が続いている限り、「新しい農政」は理想のままで終わってしまう危険性があります。

守旧派と改革派の対立構造

しかし、農水族がすべて悪であるとは一概には言えません。これは農業政策における方向性の違いとも言えるでしょう。安倍内閣が推進したのは、農業を単なる保護対象から成長産業へと転換し、国際市場での競争力を高めていく「攻めの農業」でした。一方、農水族は従来の農業構造を維持し、既存の農家を保護する方向性を重視してきました。

今後は、地域に根差した若い農業者や地方議員の力を活かし、現実的かつ持続可能な農業再生策が求められます。改革の担い手が世代交代によって現れることが、農業の未来を切り拓く鍵となるでしょう。

備蓄米をめぐる誤解と現実

一方で備蓄米に関しては、「家畜の餌」といった報道やSNS上で「マズイ」とする否定的な意見が多く見受けられます。しかし、これらの意見の中には、備蓄米の購入希望者数を減らし、競争率を下げることを狙ったネガティブキャンペーン的な意図が含まれているのかもしれません。現状では、備蓄米は販売場所が限られており、非常に高い競争率の中で入手困難な状態が続いています。

結果として、一般消費者が選択肢として手に取ることができるのは、売れ残っている比較的高価格帯である4000円程度の米に限られており、この現状についても小泉大臣には十分に理解していただきたいところです。

タイトルとURLをコピーしました