🤣男女共同参画事業は本当に必要か?予算・補正・レビューシートから見える違和感

「男女共同参画関連の予算は10兆円以上!その中身を見たことがありますか?」

男女共同参画や女性活躍という言葉を聞くと、たしかに“良いこと”に聞こえますし、正面から反対しにくい空気もあります。だからこそ厄介で、内容を精査しないまま「正しいテーマだから大丈夫だろう」で通ってしまいやすい。関連事業は幅広く、結果として予算は膨大に膨らみますが、今回気になったのは「女性活躍促進に向けた取組に必要な経費」のレビューシートです。

形式は整っている。そこまではいいのですが、中身を読むと成果指標、ロジック、執行率、補正予算の入り方など、ツッコミどころが素直に残っている。しかもこれがそのまま公開されている以上、「見られても問題ない」という前提で出てきているはずです。

本稿では理念の是非には踏み込まず、レビューシートの“中身”を見ていきます。そこには驚きのレビューがありました。具体的に確認していきましょう。

😵「予算は厳しいのに評価は甘い?」見えない最大の違和感

国家予算は、要求の段階ではかなり厳しく見られている印象があります。どの省庁も必要性を説明し、枠を取りにいき、予算編成の中で査定を受けるわけです。ところが、いざ予算が通ったあと、そのお金がどれだけ効果を出したのかという点になると、急に輪郭がぼやけて見えてきます。企業であれば、予算を投じた以上、売上、利益、契約数、回収率など、何らかの形で結果を問われるのが普通です。

しかし行政では、制度上は政策評価や行政事業レビューが存在していても、実態としては「やりました」「必要でした」「今後も継続します」というまとめ方に寄りやすいように見えます。今回のレビューシートもまさにその雰囲気があり、事業の中身よりも、事業を続ける前提で体裁を整えているような印象が残ります。

評価のための資料のはずなのに、読み終わったあとに「結局、この事業は成功なのか失敗なのか」がはっきりしない。この時点で評価として機能していないと言わざるを得ません。この曖昧さは“見えにくさ”ではなく、“判断を避けている構造”に近いのではないでしょうか。

😒「なぜ減らせない?」予算が残り続ける本当の理由

予算の世界では、一度ついた事業を減額したり縮小したりすること自体が、かなり重たい意味を持ちます。なぜなら、それは暗に「これまでの配分は最適ではなかった」「思ったほど成果が出なかった」と認めることにつながるからです。人間でも組織でも、自分たちの過去の判断を失敗だったと認めるのは簡単ではありません。だからこそ、レビューシートの表現も自然と穏やかになり、「一定の成果はあった」「改善しつつ継続」という無難な言い回しに流れやすくなります。

今回の男女共同参画関連のシートを見ても、この空気はかなり濃いです。本来なら、成果指標が弱い、執行率が低い、KPIが曖昧という時点で、かなり厳しめの再設計が必要そうに見えます。ですが、実際にはそうした踏み込みよりも、既存事業をどう正当化するかに寄っているようにも読めます。

ここまで条件が揃っているのに見直しが入らないのであれば、それは評価ではなく“温存の仕組み”と言われても仕方ありません。これは男女共同参画に限らず、行政全体にある構造かもしれませんが、反対しにくいテーマほど、その傾向がさらに強まるように見えるのです。

😟「公開されているのに分からない」見えない仕組みの正体

今は行政事業レビュー見える化サイト、いわゆるRSシステムで、かなり多くの事業資料が公開されています。事業概要、予算額、成果目標、実績、支出先、ロジックモデルまで見られるのですから、透明性という意味では昔よりかなり前に進んでいます。ではなぜ、それでも実体が見えにくいのか?

理由は単純で、資料が公開されていても、評価の軸そのものが弱いからです。たとえば、交付件数や計画策定率が書いてあっても、それが本当に女性活躍の成果につながったのかは別問題です。しかも、行政文書らしい硬い表現で書かれるため、問題点がやわらかく包まれ、数字の悪さも目立ちにくくなります。公開されているのに分かりにくいのは、隠しているからではなく、見せ方が“穏やかすぎる”からとも言えるでしょう。

資料を一枚見ただけでは判断しにくく、複数年度で比較し、数字のつながりを追い、表現の癖まで読まないと本質が見えてこない。ここが、一般の人にとっての高い壁になっています。分かりにくいのではなく、分からなくても成立するように作られているとも言えるでしょう。

🤨「AIで読むと一発でバレる」レビューの弱さとは

面白いのは、こうした資料はAIと相性が良いことです。人がそのまま読むと、表が多くて硬く、いかにも役所の文書という感じで眠くなりがちです。ところがAIに「成果指標は妥当か」「アウトプットとアウトカムは分かれているか」「KPIは明確か」「執行率と予算増額は整合しているか」と聞くと、一気に論点が整理されます。

今回のシートでも、交付件数や計画策定率ばかりで、就業率、管理職比率、所得改善、起業数のような“結果”の指標が弱いこと、KPI欄が空白で成功条件が曖昧なこと、ロジックモデルの因果が飛び気味なことなど、読み手が感じる違和感が整理しやすくなります。つまり、AIは行政資料を分かりやすく翻訳するだけではなく、「この設計は弱い」と可視化する道具にもなります。

今後は、専門家だけでなく一般の人がAIを補助輪にして行政レビューを読む時代になっていくのかもしれません。そう考えると、行政の説明の甘さは、以前よりごまかしにくくなっていくでしょう。

🥺「半分しか使えてない?」執行率と補正の違和感

今回いちばん引っかかったのは、「女性活躍促進に向けた取組に必要な経費」で、予算がついているだけでなく補正予算まで入り、それでも執行率がかなり低く見える点です。数字を見ると、2022年度が47.1%、2023年度が54.6%、2024年度が55%と、半分強しか使えていないように見えます。もちろん、国の予算には繰越という仕組みがあり、年度内に使い切れなかった分が翌年度に回るケースもあります。

特に補正予算は年度後半に成立しやすく、自治体や団体への申請、審査、実施、報告までに時間がかかるため、繰越になること自体は制度上あり得る話です。ですが、それを踏まえてもなお、「なぜそんなに執行しづらい事業に追加で補正を入れるのか」という疑問は残ります。

恒常的に続く政策事業なら、当初予算である程度計画的に組むべきではないのか。しかも毎年のように低い執行率と補正が並ぶと、必要性の議論より先に、計画の甘さを疑いたくなるのが普通ではないでしょうか。むしろこの状態で追加されるなら、計画より“配ること”が優先されていると見られても無理はありません。

😥「毎年追加される理由は?」補正予算の不可解さ

補正予算というと、一般には災害、急な景気対策、安全保障環境の変化など、予期しづらい事態への対応をイメージしがちです。ところが女性活躍促進のような継続事業にも補正が入り、しかも繰越まで重なるとなると、やはり違和感があります。

たとえば令和7年度補正では、地域女性活躍推進交付金に約7億円、当初予算約3億円と合わせて約10億円規模という話も出ています。数字だけ見れば決して小さくありません。もちろん、地域事情に合わせた柔軟な支援、被災女性への対応、デジタル人材育成など、政策的な説明はつきます。

ですが、それが毎年のように“追加”で必要になるなら、最初の設計自体が曖昧なのではないかと思えてきます。必要な事業なら当初予算で厚く設計し、不要なら見直す。それではなく、当初も補正も積み、使い切れなければ繰り越すという流れが定着すると、予算の緊張感はかなり薄れます。

ここは理念の話ではなく、予算運営そのものの話として見た方がよさそうです。この構造のままでは、どんなに良いテーマでも説得力は持ちません。

😠「正しいから疑えない?」旗印が生む盲点

男女共同参画や女性活躍というテーマは、社会的な正当性が強く、言葉だけ見れば誰もが「必要だろう」と感じやすいものです。そのため、個別事業の中身を精査する前に、テーマそのものの正しさで全体が包まれてしまうことがあります。これはかなり厄介です。

本来なら、就労支援、防災人材育成、研修、相談支援、計画策定支援などは別々に効果を見て、続けるものと削るものを分けるべきでしょう。しかし大きな旗印の下にまとめられると、「反対しにくい」「細かく疑うと冷たく見られそう」という空気が生まれます。その結果、予算の妥当性や優先順位が曖昧なまま通りやすくなる。

しかも、資金の流れは自治体からNPO、民間団体、委託先へと広がり、多層化していきます。もちろん本当に必要な支援もあるはずですが、検証が甘いままでは、そこに便乗する構造まで温存してしまいかねません。必要性が高いテーマほど、実は厳しく見るべきなのに、逆に甘くなりやすい。この逆転現象こそが問題です。正しいことをやっているはずなのに、検証だけは甘い。これでは信頼は積み上がりません。

🤪「これ新人レポート?」評価として成立していない理由

少しネタっぽく言えば、このレビューシートは「新人が一生懸命フォーマットを埋めたけれど、まだ評価の意味をつかみ切れていないレポート」のように見えます。見た目は整っているのです。表もある、区分もある、ロジックモデルもある、外部有識者コメントもある。けれど中身を読むと、目標と成果、活動と結果、短期と長期の違いがかなり曖昧です。

特に成果指標として出てくる交付件数や計画策定率は、あくまで“やったこと”の記録であって、“何が変わったか”の証明ではありません。本来なら、就業率、管理職比率、起業数、所得の改善などを中心に置きたいところです。さらにKPI欄が空白で、「何を達成したら成功なのか」が見えないのもかなり厳しい点です。民間なら、この時点で差し戻しになってもおかしくありません。

外部有識者から「これはアクティビティでは」「可視化が必要」といった指摘が入っているのも、逆に言えば、作成側の理解が浅いまま出てきたことを示しているように見えます。フォーマットは整っているのに、評価の骨組みが弱い。このアンバランスさが、いかにも新人レポート感を出してしまうのです。

😮「公開は正しい、でも中身は?」透明性の裏側

ただし、このレベルの資料が公開されていること自体は、制度としては間違いではありません。行政事業レビューは、完成版だけを見せる仕組みではなく、レビューの途中経過や外部有識者のダメ出しも含めて公開する設計だからです。

普通の会社なら、上長が一度戻して、直してから外に出しそうな資料でも、そのまま見える化サイトに載ることがあります。だから「こんなものを公開してよいのか」と感じるのは自然ですが、制度上はむしろ透明性重視の考え方です。ただ、その結果として見えてしまうのが、上長レビューの弱さ、KPI設計文化の薄さ、ロジックモデルを扱える人材の不足です。

つまり、透明性が高いからこそ、評価能力の弱さまで可視化されてしまっているわけです。これは行政にとってはあまり見せたくない部分かもしれませんが、見る側にとっては重要な情報です。むしろここに問題の核心が出ています。隠されるより、未熟さが見えた方がまだ改善の入口になります。問題は、公開されている事実そのものではなく、その中身が本当に改善につながる設計になっているかどうかでしょう。

🙂「結局どう見るべきか?」今回の整理

今回見てきたのは、男女共同参画や女性活躍という理念の是非ではなく、その名の下で組まれた予算とレビューシートの中身です。そこから見えてくるのは、成果指標の弱さ、KPIの曖昧さ、補正予算と繰越の常態化、執行率の低さ、そして評価ロジックの甘さでした。

特に「女性活躍促進に向けた取組に必要な経費」は、テーマの正しさに比べて、評価の設計がかなり弱く見えます。これでは「何をやったか」は分かっても、「何が変わったか」が見えてきません。しかも反対しにくいテーマであるぶん、個別事業への精査が甘くなりやすいという構造まであります。

必要な政策であるならなおさら、結果指標を明確にし、低い執行率や曖昧なKPIを放置せず、見直すべきところは見直すべきでしょう。公開資料とAIを使えば、今は国民でもかなり踏み込んで見られる時代です。だからこそ、こうしたレビューシートは「あるだけで立派」では済みません。「中身で評価される前提」に耐えられるかが問われる段階に入っています。

一般公開されており、どなたでも見ることができますので、一度ご覧いただくと、国家予算がいかに膨大であるかを感じることができると思います。皆さんは、男女共同参画の必要性をどこまで感じていますか?

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