圧勝した政権に、いきなり“ブレーキ”は必要なのでしょうか。それとも、それは空気を読まない横やりに過ぎないのでしょうか。2026年2月の衆議院選挙で自民党は316議席を獲得し、高市早苗首相のもとで圧倒的な勝利を収めました。選挙戦では「高市総理を支える」「一致結束して前に進む」という言葉が繰り返され、有権者もその方向性に一定の信任を与えた形です。
ところが、その熱気が冷めやらぬ中で、岩屋毅元外務大臣が「志を同じくする議員」と政策グループの立ち上げを検討し、「ブレーキ役」を担う意向を示しました。支持率低迷の末に退陣した前政権の流れをくむメンバーが、民意によって押し上げられた現政権に歯止めをかけるという構図です。
これは党内民主主義の健全な機能なのでしょうか。それとも、選挙で示された方向性に対する静かな抵抗なのでしょうか。高市政権の圧勝という事実と、直後に浮上した“全力ブレーキ”構想。この温度差はどこから生まれるのか。その意味を少し踏み込んで考えてみたいと思います。
🤔岩屋毅氏の発言と政策グループ構想
2026年2月9日前後の記者会見で、岩屋毅元外務大臣(大分3区・11回目当選)は、自らに考えの近い議員らと新たな党内政策グループ、いわゆる勉強会的な集まりの立ち上げに意欲を示しました。目的として挙げたのは「政権が間違った方向に行きそうなときにはブレーキを踏む」役割です。
自民党は今回の衆院選で316議席を獲得しました。高市早苗首相の政権基盤は安定しているといえます。その直後に出た「ブレーキ」という言葉は、党内外でさまざまに受け止められました。
現時点で、具体的なメンバー名や正式な結成発表は確認されていません。参加議員の一覧や、外交・安全保障・経済といった具体的政策テーマも公表されていない段階です。ただし岩屋氏は「志を同じくする人と相談していきたい」と述べています。
圧勝後の与党において、あえて異論を示す場をつくることはどのような意味を持つのでしょうか。みなさんなら、こうした動きをどう受け止めますか。
😏圧勝後のブレーキは国民に支持されるのか
今回の衆院選で自民党は316議席を獲得しました。高市早苗首相のもとで戦った選挙であり、その結果としての大勝です。一方で、石破政権は支持率の低迷が続き、成果が十分に評価されないまま退陣に追い込まれた経緯があります。その政権を支えたメンバーが中心となり、新たなグループを形成し「ブレーキ役」を担うと表明した場合、それはどの程度、国民の支持を得られるのでしょうか。
現政権の政策に対して主観的な「ブレーキ」をかけるのであれば、有権者の目にはどう映るでしょうか。また、今回の当選は高市首相の求心力や選挙戦略の追い風があったことも否定できません。個々の議員が地域で努力したことは前提としても、党全体の勢いが結果に影響した面はあります。
そうであれば、まずは政権運営を支える姿勢を示すことが優先されるべきだという意見が出るのも理解できます。選挙期間中は「高市総理を支える」と語り、当選後に直ちにブレーキを宣言する。その構図が有権者にどう受け止められるのか。みなさんならどう感じますか。
😐石破茂前首相との関係と想定される層
岩屋氏は石破茂前首相の側近として知られ、石破政権下では外務大臣を務めました。2024年の自民党総裁選では石破氏の推薦人代表を務め、選対本部長も担当しています。そのため、新たな政策グループの中核として想定されるのは、石破氏の推薦人に名を連ねた議員や、無派閥ながら石破氏寄りとされる中道・現実路線の議員です。具体的な名前は出ていませんが、政治的文脈から見れば石破系と重なる可能性は否定できません。
また、岩屋氏は新進党時代に活動した経歴を持ち、公明党関係者との接点も指摘されています。旧公明党とのつながりを持つ議員や、対話重視・穏健外交を掲げる層が参加するのではないかという見方もあります。ただし、これらはあくまで政治的背景からの推測にとどまります。正式なメンバーが示されていない以上、断定はできません。今後の特別国会(2月18日召集予定)前後で具体像が見えてくる可能性があります。
🙄参加が見込まれる人
現時点(2026年2月11日)では、具体的なメンバー名や正式な参加者は公表されていません。ただし、報道や政治的文脈から見ると、石破茂前首相時代の側近・支持者層が中心になるとの見方が強く、次のような人物・グループが想定されています。
岩屋氏は石破茂氏の長年の側近であり、2024年の自民党総裁選では石破氏の推薦人代表を務め、選対本部長も担当しました。石破政権下では外務大臣を務めるなど、信頼関係の深さが指摘されています。報道や過去の総裁選推薦人リストを踏まえると、いわゆる「石破グループ」や無派閥ながら石破氏寄りとされる議員が集まりやすいと見られています。
2024年総裁選で推薦人に名を連ねた議員としては、赤沢亮正、泉田裕彦、門山宏哲、平将明、橘慶一郎、田所嘉徳、谷公一、冨樫博之、長島昭久、村上誠一郎、八木哲也などの名前が挙がっています。これらのうち、岩屋氏と志向が近い中道・穏健保守寄りの議員が参加する可能性が高いとみられます。
😶「穏健保守」か、それとも親中議員なのか
岩屋氏はしばしば「穏健保守」と表現されます。しかし一方で、保守強硬派や一部支持層からは「親中議員」との批判も受けています。実際、石破政権下での対中外交、中国人観光ビザ緩和などをめぐり、ネット上では「媚中」という言葉も飛び交いました。
象徴的なのが、いわゆる国旗毀損罪(日本国国章損壊罪)をめぐる議論です。岩屋氏は「立法事実が乏しい」「国民の精神を過度に圧迫するおそれがある」として慎重姿勢を示しました。これをどう見るか。表現の自由を重視した現実的判断と捉えることもできますし、国家観が希薄だと受け止めることもできます。
また、対中外交において対話や経済関係の維持を重視する姿勢は事実として確認されています。ただ、それが即「中国の傀儡」を意味するわけではありません。外交は常に利害の調整です。それでも、現在の安全保障環境を踏まえると「穏健」という言葉が便利すぎるラベルに見えるのも理解できます。穏健とは何でしょうか。抑制なのか、譲歩なのか。現実主義なのか、理念の曖昧さなのか。
🙂自民党の外交は右左では測れない
自民党はイデオロギーで単純に右左を分けられる政党ではありません。親米・日米同盟最優先の議員もいれば、対中経済重視の議員、ロシアとのエネルギー外交に関心を持つ議員、韓国との関係改善を模索する議員もいます。今後はインドやアフリカとのパイプを強化する動きも広がるでしょう。
外交の得意分野は議員ごとに異なります。日米安保体制は日本外交の基盤ですが、過度な米国依存に対しては慎重論も出ます。一方で、中国との距離感をどう取るかも難題です。岩屋氏の構想は、中国寄りになることを意味するのか、それとも米国への過度な忖度を避けるためのバランス装置なのか。この点も見方が分かれるところです。
🤓田中角栄の日中国交正常化という原点
1972年、田中角栄首相は日中国交正常化を実現しました。日中共同声明により、中国は対日戦争賠償を放棄しました。その後、日本は円借款を中心とする対中ODAを実施し、中国のインフラ整備や近代化に関与しました。
しかし田中角栄の外交は、感情的な「親中」ではなく、経済成長と国益を優先した現実主義とされています。「金の切れ目は縁の切れ目」という言葉に象徴されるように、援助は日本の利益につながる範囲で行うという発想でした。日本企業の受注を前提としたタイド型援助も多く、中国市場の取り込みや資源確保という側面がありました。当時は冷戦構造下で、中国を取り込むことがソ連牽制にもつながるという計算もありました。
現在の日中関係は、尖閣諸島問題、経済安全保障、台湾有事リスクなどを抱えています。1970年代とは状況が大きく異なります。田中角栄が見れば、どのように評価するでしょうか。
😶🌫️小沢一郎落選と石破茂という系譜
田中角栄を「おやじ」と慕った小沢一郎氏は、2026年2月の衆院選で岩手3区から立候補しましたが落選しました。19回連続当選という記録のあとに訪れた初の敗北です。小沢氏はしばしば「親中」と語られますが、田中角栄の流れをくむ小沢氏の対中観は、むしろ外交カードとして中国を利用するという現実主義に近いものでした。中国を理念的に支持するというより、日本の交渉力を高める材料として扱うという発想です。
一方で、石破茂氏は田中邸に通い、政界入りを強く勧められた経歴を持ちます。ただし石破氏の政治スタイルは、田中派の資金力や派閥掌握術とは距離を置いたものでした。田中角栄は国益優先の徹底した功利主義者でした。小沢一郎はそれを選挙技術と外交戦術に転化しました。そして石破茂は、その系譜を継ぎながらも別の形で体現していると言えるかもしれません。
😌ブレーキ役として適任なのか?
岩屋毅元外務大臣の政策グループ構想は、2026年2月時点では具体像が見えないまま、「ブレーキ役」という言葉だけが先行している状況です。しかし忘れてはならないのは、直前まで政権を担っていた石破政権が支持率低迷の中で退陣に追い込まれたという事実です。そのメンバーが中心となり、316議席を獲得して圧勝した高市政権に対して「止める役目」を自任する姿は、有権者にどう映るでしょうか。
選挙戦では「高市総理を支える」と語りながら、当選後すぐにブレーキを宣言する。その構図に違和感を覚える人がいても不思議ではありません。自らが支持を広げられなかった理由を検証する前に、勝利した政権に対して上から目線で歯止めをかけるというのは、やや身の程知らずと受け止められる可能性もあります。
少なくとも、今回の当選に高市首相の求心力が追い風となった面を踏まえれば、まずは政権運営を支える姿勢を示すのが筋ではないか、という見方も成り立ちます。ブレーキが必要かどうかは国民が判断します。果たしてその「主観的ブレーキ」は、民意と重なっているのでしょうか。皆さんは、岩屋氏が党内ブレーキ役に適任だと思いますか?









