米中が関税を90日間引き下げた──2025年5月に発表されたこの合意は、表面的には「停戦」ですが、実際には世界を巻き込む新たな外交戦争の幕開けと見るべきです。トランプ大統領は、就任直後から関税を武器に中国を揺さぶり、たった4か月で緊張から交渉へと劇的に転換させました。今回の記事では、90日間の合意の背景にある水面下のディール、米中それぞれが切る交渉カード、そして“クオーターごとに世界を動かす”トランプ劇場の真意について読み解きます。
「90日延期」の詳細とこれまでの経緯
2025年春、米中関係は急速に悪化しました。トランプ大統領は再任直後から対中関税を段階的に引き上げ、4月には最終的に米国から中国に対しては145%、中国から米国に対しては125%という非常に高い関税率に達しました。
この強硬な措置により、中国の対米輸出は前年同月比で21%減少し、米国では小売売上高が2%落ち込むなど、実体経済への影響が広がりました。S&P500も一時的に大幅な下落を見せ、両国の市場は緊張を強めました。
急転直下の「緩和合意」
こうした状況を受け、両国は水面下で急ピッチの調整を進め、わずか1か月強という異例の早さで関税の一時的緩和に合意しました。米国は関税を145%から30%に、中国は125%から10%に引き下げ、今後90日間の交渉期間を設けて恒久的な貿易合意を模索する方針を打ち出しました。
この合意の発表により、S&P500は3%上昇、日経平均株価も2,000円を超える反発を見せました。為替市場でも円安が進行し、ドル円は148円台に達しました。市場全体は、この「停戦」措置を好感したとみられます。
両国が持つ交渉カード
米国が交渉において活用できる主なカードの一つに、フェンタニル規制の強化があります。これは米国内で深刻な社会問題となっているオピオイド危機への対策として、トランプ大統領が選挙公約でも掲げていた重要なテーマであり、中国側に対して具体的な行動を求める圧力の一環となっています。また、今回の合意で一時的に引き下げられた関税についても、90日後には再発動する可能性を明確に残しており、これは交渉の場における強力な威嚇手段として作用しています。
武漢起源・台湾・人民元──外交カードの総動員
さらに注目されるのは、新型コロナウイルスの起源に関する調査結果がこのタイミングでホワイトハウスから公開された点です。もしそれが武漢の研究所からの漏洩であると確認された場合、米国を含む各国が中国に対して賠償を求める動きが加速する可能性があり、中国にとっては極めて大きな外交的ダメージとなり得ます。
中国が初動対応において情報を隠蔽していたとの指摘が再び注目されれば、国際社会全体からの圧力が強まり、中国政府の威信やメンツを大きく損なうことにもつながるでしょう。このような状況を背景に、米国は台湾問題や軍事技術、先端産業に関する輸出管理措置の強化も交渉材料として活用しており、全体として戦略的抑止力を高める布石を着実に打っていると考えられます。
中国の対抗カード──レアアースと地政学的包囲網
一方で、中国側のカードとしては、レアアースの供給制限が挙げられます。これは、米国のみならず、日本の半導体、航空宇宙、防衛産業に対しても中長期的な打撃を与え得る強力な交渉材料です。また、ロシアへの軍事支援の抑制、特にドローン部品などの輸出管理を通じて、西側諸国の反発を回避しつつ主導的地位を維持しようとする姿勢も見受けられます。さらに、中国は輸出先と投資先をASEANや南米にシフトさせることで、対米依存度を相対的に引き下げ、経済的影響力の再編成を進めています。
このように、今回の米中交渉は、単なる関税の取り扱いにとどまらず、安全保障やサプライチェーンの構築、さらには国際世論への影響も含めた、極めて多層的な国家戦略の駆け引きであると言えます。外部には出ていない水面下での交渉は様々な分野で行われていることでしょう。経済交渉の枠を超え、まさに包括的な外交戦略の実践が問われているのです。
トランプ大統領の異常なスピード感
2025年の米中貿易交渉において最も特異なのは、トランプ大統領の交渉スピードです。通常、通商交渉は数ヶ月〜数年単位のプロセスを経て進展するものですが、就任直後に対中関税を開始し、追加関税導入、引き上げ、最大水準到達、大幅緩和まで、わずか3ヶ月強でした。これは従来の通商外交の常識を完全に覆す「スピード外交」であり、次に何が起こるか分からないからこそ、相手は常に譲歩せざるを得ません。
この90日という時間は、単なる猶予ではなく「制裁を発動し、その後で交渉する」という実行型ディールスタイルの一環であり、「脅し」ではなく「現実の圧力」としての効果を持っています。これは、単に市場や価格の動きに対する短期的な反応というよりも、水面下で進行する多層的なディールの構造を示唆しています。
「弱気報道」は本質を見誤る──トランプ戦略の緻密さ
マスメディアでは、トランプ政権が株安やドル安に動揺し、レアアース価格の上昇によって大きな打撃を受けたという報道が散見されますが、現実的に見れば、それはあくまで想像の域を出ない表層的な分析といえるでしょう。株価下落の可能性を、トランプ氏が想定していなかったとは考えにくく、むしろ2期目となった現在では、過去の経験を踏まえた上で、より緻密で計画的なシナリオを構築していると見る方が自然です。
中国が関税に対してどのような対抗手段を取るかについても、複数のパターンを事前にシミュレーションしていたと考えられます。また、仮にレアアースの価格が短期間で上昇したとしても、米国が備蓄を保有していることは周知の事実であり、その事実を踏まえて交渉戦略を組み立てていたと考えるのが妥当です。たった1ヶ月で交渉を撤回するとは考えにくく、今回の90日間の関税緩和合意は、むしろ本格交渉のスタートラインと捉えるべきです。
中国への多層的なディール
さらに注目すべきは、プーチン大統領への武器供与を中国が拒否したという動きであり、これは米国側からの非公式な要請に基づいた可能性もあります。同時に、ホワイトハウスが「新型コロナウイルスの起源は武漢」と公に示したことも、中国に対する外交的圧力として大きな意味を持っています。人民元の為替政策についても、米国は継続的に監視と圧力をかけており、これらの要素を複合的に用いることで、トランプ政権は巧妙かつ戦略的に交渉を優位に進めているように見受けられます。今後90日間で展開される本格的な協議の行方は、両国の外交姿勢のみならず、国際秩序や市場の動向にも大きな影響を及ぼすことが予想されます。
クオーターで動くトランプと日本の課題
今回の米中関税緩和は、単なる一時的な貿易停戦ではありません。それはむしろ、「3か月ごと」に世界を揺さぶるトランプ氏による戦略的なディール劇の一幕と見るべきです。この動きの本質を読み解く鍵は、次の3点にあります。
第一に、「90日サイクル」によって交渉を区切り、主導権を継続的に握る構造であるということです。第二に、関税は目的ではなく交渉を有利に進めるための手段であり、その背景には安全保障、外交、選挙戦略といった多層的な意図があります。そして第三に、米中間だけでなく、日本、EU、ASEAN、南米など他の主要国もこの枠組みに巻き込まれているという現実です。
90日という期限付きのディールサイクルは、クオーターごとに成果を求める外資系企業の経営手法に近く、現代の外交においても有効なモデルとなりつつあります。
日本の交渉戦略と対応の課題
現在の国際環境において、日本が果たすべき役割は、単なる米中の動きに追随することではなく、自国の立場と戦略を明確に打ち出し、交渉の場で主体的に発言することです。自動車関税や半導体供給網、レアアースの安定確保、為替政策など、日本の経済と安全保障に直結する課題は多岐にわたっており、これらすべてが外交カードとして活用されるべきです。
例えば、1か月前に配信した「アメリカからのコメ100万トン緊急輸入」は、単なる物資確保の手段ではなく、交渉を前進させるための“実務的な手土産”でもあります。これは、アメリカに対する迎合ではなく、日本が主体的に行動する意思を明確に示す外交カードの一つとして機能し得ます。他国が日本の動きを注視し、追従するような環境が生まれれば、日本の立場はより強固なものとなるでしょう。
今後の外交では、スピード感を持ちつつ、信頼を勝ち取る姿勢が何よりも重要です。日本が主導権を握るためには、国際社会において確かな存在感を示し続けることが求められます。
日本政治は“ネバネバ”でいいのか?
これに対して、現在の日本政治にはスピード感が著しく欠けています。石破首相は「○○せねば」といった言い回しを繰り返すことで国民民主の玉木代表から「ネバネバ言うだけ」などと揶揄されたように、その遅れた対応はもはや時代に合っていません。選挙対策や裏金疑惑に追われるあまり、首相の職責よりも椅子にしがみつくだけで、国民の利益と乖離してしまっている点は深刻です。
3か月前の「仮定の質問には答えない」などと曖昧な対応では相手にもされないことは、十分に理解できるだけの時間は過ごすことができたのではないでしょうか?トランプ大統領は、3か月単位で成果を出すことを求めており、日本もまた、このスピードと変化に対応できる戦略的な判断力と実行力を持たなければ、国際社会に取り残されてしまうでしょう。
今こそ“総力戦外交”を──省庁横断と超党派の連携を
今回の関税交渉は、赤沢大臣が担当しておりますが、石破内閣全体が国家戦略として取り組むべき課題であり、各大臣が積極的に訪米するなど、内閣全体での連携と行動が求められています。とりわけ、首相自らが交渉の先頭に立ち、全体を指揮する強力なリーダーシップが不可欠です。
仮に交渉が思わしい結果とならなかった場合、その責任を赤沢大臣だけに帰すのは不公平であり、国益にとって適切とは言えません。この交渉は安全保障、通商、エネルギーなど多方面にまたがる包括的な取り組みであるからこそ、政党の主流派・反主流派、保守・リベラルの立場を超えて、一致協力し「日本の国益を守る」という一点において団結する姿勢が必要ではないでしょうか?
すでに90日交渉の半分が経過する中、石破政権には残された時間の中で迅速かつ柔軟な対応が求められています。このスピードに対応し、次の一手を先んじて打てるかどうか──それが今、問われているのです。